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23年3月29日  「卒業」

校長より 24年3月29日

 

 

 

             「卒 業」
 
 平成23年度も、まもなく終わろうとしています。
 今年度の卒業式で、卒業生へ話した校長からのメッセージを、年度の締めくくりとしてご紹介いたします。
 
○3月2日(金) 定時制課程第62回卒業式(卒業生42名)
 門出の日を迎えた卒業生の皆さんに、校長から贈る言葉があります。
 それは 「人は支え合う仲間がいてこそ自立できる」 
 
 この言葉は、昨年の11月、鹿児島県で開催された全国の人権教育の研究大会で、中尾健志(なかおたけし)さんという方が講演を通じて、私たちに伝えていただいたもので、ぜひ卒業生の皆さんに紹介したいと思い、今まで、私の心の中で温めてきました。
 中尾さんは、現在は鹿児島県の自宅で整体院を開業されています。中尾さんは、生まれつき脳性麻痺の障害があり、大会当日も車椅子で登壇されました。小中学校の時、いじめを受け、大学在学中には就職差別を受けた苦しい経験のある中尾さんは、「自立」ということについて話をされました。
 中尾さんは、高校3年生の時、足の激しい痛みが続き、学校に行けない時期がありました。勉強はどんどん遅れてしまい、「もう学校へは行けない、卒業できないかもしれない」という悔しさと絶望感から、家族に「学校を辞めたい」と話し、正直なところ、あまりの辛さに、自ら命を絶つことも考えたそうです。
 そんな時、友達から1通のメールが届きました。内容は「健ちゃん、学校に来るのを待ってるからね」という、いたってシンプルなものです。でもこの時、中尾さんは「嬉しさ」と「私のことをこんなに思ってくれる、支えてくれる友達がいる。その人のために、まだ何もできていないのに、私は何を勝手に諦めているんだ」という自分への情けなさで、涙が止まらなかったそうです。
 
 以下は中尾さんのことばです。
 「自立とは、人に頼らずに、何でも自分一人でできるようになること、人に迷惑をかけないようにすることと思っていました。しかし、この時、自分ができないことを頼める、あるいは頼まれる、そんな関係が成り立つ仲間をつくれるようになることが自立ではないかと考えるようになりました。」
 「自立とは自分で立つと書きますが、私は何かの支えが無ければ立てません。私の支えは家族、友人です。でも支えを必要としているのは私だけでしょうか。私はハンディキャップがひとつもない人はいないと思います。人は支え合う仲間がいてこそ自立できると思います」
 とつとつとした口調で語る中尾さんの言葉が、私の心に深く染み入りました。皆さんはどう感じましたか?
 
 人は誰でも、もろく弱い面があり、心が折れそうになることがあります。中尾さんの言う「ハンディキャップがひとつもない人はいない」とは、そのことを指しているのだと私は考えます。だからこそ皆で支えあって生きていくことが大切なのだと思います。
 東日本大震災から間もなく1年がたとうとしています。復興も含め、これからの社会は、決して甘くはありません。夢が敗れ、心が打ちひしがれる時があるかもしれません。辛い時に、素直に助けを求め、また助けを求めている人には誠実に向き合い、自分にできることが何かを考え、実行する。そんな支え合う仲間をもてるようになることが、「本当の自立である」と、私も思います。 
 皆さんにはこの南葛で出会い、支えあった仲間がいます。今日の日を迎えるに当たり、皆さんがこれまで歩んできた道のりは決して平坦なものではなかったはずです。ここにいる42名の卒業生が皆それぞれに、この南葛の校舎で共に、笑いあい、時には感情をぶつけ合い、共に泣き、楽しいことも、苦しいことも、乗り越え、支え合ってきたのだと思います。この南葛で出会った「支えあう仲間」を、かけがえのない財産としてください。
 
 「人は支え合う仲間がいてこそ自立できる」
 
 この「ことば」を、いつまでも忘れないでいてくださいね。
 
 
○3月7日(水) 全日制課程第64回卒業式(卒業生176名)
 門出の日を迎えた卒業生の皆さんに、校長からお話しをしたいと思います。それは、「社会に貢献し、社会に必要とされる人となってほしい」ということです。
 今年も、昨年と同じように卒業式の日を迎えました。いつもなら、当り前のように思える、こういった時の流れが、実はかけがえのない大切なものであることを、私たちは、東日本大震災で身をもって体験しました。このことは、体育祭の時も、12月の終業式の日にも、お話ししましたね。あの大震災から間もなく1年が経ちます。
 かけがえのない家族や故郷を一瞬にして奪った大震災は、日本に大きな悲しみと試練をもたらしました。私たちも、帰宅困難、物資の不足、電力不足、放射能の心配等、これまでにない多くことを経験しました。
 いっぽう、今までの生活で蓄積し、築き上げて来たものが灰燼に帰すような大災害を受けながら、国論が乱れたり、暴動が起こったりせず、皆が結束して、新しい時代づくりに取り組む姿が、世界中の人々の驚きと感動を呼んだことも事実です。
 外国のあるメディアが、大震災直後の日本の様子をこんなふうに報道しています。
 
 マグニチュード9・0の大地震と10メートルを越える津波が東日本を襲った後の11日午後6時、秋田県秋田市内の、とあるホテル。停電で真っ暗に変わったホテルのロビーでは、奇異な場面が演出された。ホテル側が、「電気が来るまで、宿泊客を受け入れられない」と案内すると、すぐにロビーに集まっていた宿泊予約客、50人余りが静かに列を作り始めた。誰も何も言わないのに、老人や子供らを前に入れた。暗黒の中に、一筋の列ができた。順番を争う姿は一切なかった。しばらくしてホテル側が、「停電で夕食を提供できない」として、緊急用にうどん10皿を持ってきた時だ。うどんに向かって駆け寄るどころか、誰もが他の客の空腹を心配して、後に後にうどんを回す「譲歩のリレー」が続いた。被害が最も大きかった宮城県・岩手県をはじめ、日本全域で人のない商店で略奪行為があったというニュースはまだ1件もない。
 宮城県北東部に位置する南三陸沿岸地域。集落の大部分が消え、火災で黒く燃えた森の跡だけが残っている。津波で陸地に打ち上げられた船舶は、船尾を空に向け、逆さまに地面に打ち込まれている。今回の地震で最大被害地域のここでは、「行方不明者1万人」といううわさまで出回る。しかし大声や怨みの声は聞こえない。避難所に集まった100人余りの住民らは日本のメディアとのインタビューでも低い声で、「早く復旧するよう願うだけ」としながら「明日」を話す。誰のせいにもしない。足りない水と毛布を分け合ってお互いを慰める感動的な場面が電波に乗っている。 
 
 これは、お隣、韓国の「中央日報」が、昨年3月14日に「『日本はある』惨事でも配慮忘れぬ文化に世界が驚いた」という表題で掲載した記事の抜粋です。もちろん、全てが美談ばかりではなく、被災地では今も、3000人を越える行方不明者がおり、瓦礫の撤去さえ見通しが立たず、多くの困難が続いているのが現実です。手厳しい記事を掲載している各国のメディアもあります。しかし、世界中の人々が日本社会に注目し、日本が必ず復興すると信じ、温かい支援を寄せていることも事実です。
 これから皆さんが生きていく社会は、大震災からの長い長い復興への道のりと、今後予想される首都圏直下型地震等の新たな災害への備えも含め、決して甘くはありません。皆さんの人生の中で、夢が敗れ、心が打ちひしがれる時があるかもしれません。そんな時に、他人を攻めたり、投げやりになっては、自分自身がますます惨めになるだけで、決して前には進みません。この南葛で、自分を育て、支えてくれた、保護者の皆様をはじめ、先生方、先輩、友人のことを思い出してください。毎朝、担任の先生方が授業の欠時をこれ以上増やさないように連絡してくれたからこそ、今日卒業できる人もいるはずです。あなた方を見捨てず、粘り強く指導を続けてくれた担任の先生方、そして何よりも今日のこの日まで皆さんを育ててくださった保護者の皆様の限りない愛情を忘れてはなりません。「今までは人に支えられることが多かった自分だったが、これからは自分が皆を支えていくんだ」という気概と勇気をもってください。誰かに必要とされ、社会に必要とされることが、自分の存在感を高め、人格を磨き、自信にもつながっていきます。
 大震災直後、アメリカのニューヨークタイムスは「アメリカは日本から何かを学ぶべき」という記事を掲載し、ロシアのタス通信東京支局長は「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする「人間の連帯」が今も存在している」と記事を書いています。世界中の人々の日本社会復興への期待と、応援が伝わってきます。ぜひ皆さんの若さとパワーを結集して、大きな困難を乗り越え、明るい未来を築き上げいってください。
 
「社会に貢献し、社会に必要とされる人となってほしい」という校長の皆さんへの思いを、忘れないでくださいね。
 
 
 
4月から新入生を迎え、また新たな学校生活が始まります。誰もが「南葛に入学してよかった」と思えるよう、教職員一丸となって学校づくりに取り組んでいきます。今後ともよろしくお願いいたします。
 
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